29年11月10日号

オーストリアと聞くとどういうイメージを持つだろうか。ウィーンであればオペラやハプスブルク家の宮殿、アルプスにいけばスキーをはじめとするウィンタースポーツ。観光産業の印象が強いが、実は日本以上に科学技術立国なのだ▼日本政府はこの十数年、政府研究開発投資をGDP比1%にすることを目指して、研究開発投資を増やすと標榜してきた。しかし、日本全体の研究開発投資は3・56%と大きいが、政府研究開発投資は地方分を入れても約0・76%といまだ達成できていない▼オーストリアの研究開発投資は、全体ではGDP比3・14%だが、内訳を見ると連邦政府・地方政府の負担分は1・09%、民間が2・04%と政府負担は日本よりも大きい。また連邦政府と地方政府の負担割合は全体では7対1だが、州別GDP比で見ると、シュタイアーマルク5・16%、ウィーン3・66%、上オーストリア3・18%、ケルンテン3・15%と研究開発に熱心な州では積極的な投資が行われている▼ペニシリンは1928年にフランスのアレクサンダー・フレミング博士が発見したものだが、それを精製することに成功したのは、オーストリア人のハワード・フローリー博士とイギリス人のエルンスト・ボリス・チェーン博士である(1940年)。ペニシリン実用化は世界中に恩恵をもたらし、フローリー博士の肖像はオーストリアドルにも使われていた▼こうした背景からオーストリアには研究開発を大切にする文化がある。高等教育を含めた教育無償化を行い優秀な人材を数多く輩出するとともに、企業への優遇措置を設けることで世界360社以上の欧州における本部機能を誘致した。研究開発投資は00年から15年で62%も増加している。日本政府も科学技術創造立国を目指すのであれば、それなりの取り組みが必要だ。

29年11月3日号

IBMリサーチのバイス・プレジデントであるボブ・スーター氏が、商用に利用可能な汎用量子コンピューター「IBM Q」について、報道関係者などを集めて概説した▼同氏は「量子コンピューターは量子力学に基づき、量子ビット(Qビット)で計算するコンピューターである。そのため、情報をビット列で処理するクラシカル・コンピューターが解決できない問題を解くのに適している」と紹介した▼クラシカル・コンピューターは1か0、つまり1種類の状態しか計算できない。これに対し、量子コンピューターは1から0の間、つまり複数の状態を処理することができる。自然界はデジタルではないので、クラシカル・コンピューターは人類が抱える問題を扱うには適さず、量子コンピューターが必要になるという▼IBMは昨年、クラウドを通じて5量子ビットの量子コンピューターを一般公開し、続いて今年5月には16量子ビットの「IBM Q」を公開した。まだ準備段階でしかないが「この公開は量子コンピューターが商用次期に近づいていることを示唆している」とも述べた▼「IBM Q」は、世界中の誰もが無料利用できる、現在では唯一の量子コンピューターである。利用者は既に5万4000以上もいて、100万件以上の演算が行われているという▼Qビット数の増加、エラーの少ないQビットの開発、絶対零度に近い動作環境の改善など課題はあるが、2021年頃から次のアドバンテージ段階に移行するという見通しも示した▼いま、ビッグデータやクラウドがあり、AIも急進展してきた。これらと量子コンピューターがうまく結びついたら、一体何が起きるのか。温暖化問題をはじめ、人類が直面する難問に機械が有益な回答を出してくれる時代が本当に来るのかと、期待感を抱かせる話である。

29年10月27日号

この世に生を受けたからには、自分の祖先、つまりルーツについて関心を持つ人も多いことだろう▼筆者の場合も祖父母や両親に聞いてみたことはあるが、なかなか判然とした結果には至らなかった。ところでアメリカでは、自分の口の中をこすった綿棒を送り、DNAをチェックするだけで簡単に祖先がどこからやって来たのかが分かるテストの人気が急上昇中である▼アメリカは日本とは違って建国して数百年と歴史が浅いし、ヨーロッパやアフリカの各地からやってきた混血の国でもあり、祖先がどんな民族で、どこから来たのかについての興味は強く、その思いは日本人の想像をはるかに超えるものがあるという▼もともとDNAのチェックは、医学的な利用で行われてきた経緯があり、それを応用して、手軽にしかも安価にルーツが分かるということで人気があるのだろう。受けた人たちからは「知らなかった自分に出会えた」とか「新たなアイデンティティーが生まれた」「人生が豊かになった」などと、おおむね良好な声が聞かれる▼これを日本に当てはめるとなると、歴史も長く単一民族であるだけに、そう簡単にはいかないだろう。ただ、もっと技術が向上すれば、自分の祖先が東南アジアから陸路や海路経由で来訪したのか、あるいは朝鮮半島からやって来たのか、それとももっと北のロシア・カムチャツカ半島から南下して来たのかが分かるかもしれない▼そこにはちょっとしたロマンがあるように思える。

29年10月20日号

厚生労働省による平成25年の国民生活基礎調査では、65歳以上の要介護者等の介護が必要になった原因は脳血管疾患(脳卒中)が17・2%と最も多くを占め、年々増加している。さらに支援者の高齢化によるいわゆる老々介護も問題になり、健康寿命をいかに長期化させるかが大きな課題となっている▼それに対し、近年ロボット技術を応用したヒトの歩行機能を補助する装置の開発が華々しい成果をあげている。サイバーダインの「HAL」や信州大学の「Crara(クララ)」、オリジンと早稲田大学による「RE-Gait(リゲイト)」をはじめとした、駆動方式や適用の異なる装置が発表されている。これら装置は既にリハビリを目的に病院や介護施設などで利用。安全への配慮から市販等はまだ進んでいないが、その利用を見込んで外見上目立たない使いやすい形状へと開発が進んでいる。近い将来には、装置をつけて外出する利用者が一般的になるかもしれない。これら装置の高度化は、寝たきり人口の減少のみならず、介護者と支援者のQOL向上にもつながる▼一方で、日本では、まだ身体障害者全般に向けた社会インフラの整備は未発達であるように思える。ハンディキャップを抱えた人は日本のどこにでもいるにもかかわらず、盲導犬や介助犬の普及率は低く、進められてはいるがバリアフリー化も十分ではない▼国土交通省は2020年の東京オリンピックに向けてバリアフリー化を進めている。散々いわれているが、こうした人々に優しい環境は、その有無に関わらず多くの人に優しい。日本はオリンピックを契機に多様性を許容してそこを目指せるのか試されている。

29年10月13日号

今年のノーベル物理学賞が重力波の観測に貢献した、米国の3人の研究者に贈られることが決まった。アインシュタインの相対性理論では、大きな質量の星など強力な重力場がある時、重力による空間の歪みによって光はゆっくりと進む。この空間の歪みが波のように伝わるのが重力波だ▼重力波は空間の歪みそのものであるため、電磁波や光などと異なり、様々な環境の影響を受けない。そのため、宇宙の真の姿を映す新たな観測手段として期待されている。2度の重力波観測に成功した米国のLIGOは、重力波天文学の世界を切り開いた▼さて、重力波観測は日本でも行われている。90年代には国立天文台にTAMA300が建設され、レーザー干渉計による重力波観測が行われ、世界の重力波研究をリードしてきた。その後、日本のプロジェクトはKAGRA計画に移行していくわけだが、その間に欧米の研究グループに追い越されてしまった▼なぜか。日本には優秀な研究者がいないのか、先端技術がないのか。そうではない。学術研究の大型プロジェクトに対する投資が、この十数年、右肩下がりに低下しているからだ▼国立大学法人化以降、運営費交付金が減り、科研費などの競争的資金は増えたが、トータルでの支出は低下している(関係経費の積算見直しなどで増えたように見せかけてきた)。一方、生物学などが、大規模化し研究コストが増大した。目先の成果を求める政府は、すぐに役立ちそうな開発に投資をシフト。こうしたことが相まって、純粋基礎への投資は低下していった。結果、KAGRAはプロジェクト経費を十分確保できず、科研費で支えられている▼最適な投資割合はどこにあるのか。今のところ答えはない。しかし、もう少し日本に学術への理解があれば、ノーベル賞の受賞者は違っていたかもしれない。

29年10月6日号

この素領域で以前、スマートフォンが普及し過ぎてしまい、街中などで歩きスマホの迷惑ぶりが目立ち、何とかならないかという話を書いた▼そうしたら今度は、米国の南カリフォルニア大学が、スマホが親子関係の悪化を招いているという調査結果を公表した。日本のティーンエージャーと親を対象に、スマホの使用習慣と、それに関する態度を調査したものである(本紙前号で紹介)▼それによると、子も親もスマホなどに四六時中没頭していて、互いに対話や気づかいが減り、親子関係が悪くなっている原因になっていると分析している▼携帯電話機は、最初、どこからでも電話できる便利なコミュニケーションツールとして開発された。しかし、今のスマホはパソコン並みの高性能な情報端末へと進化し、利用できるサービスやアプリも豊富にある▼もはやコミュニケーションツールというよりは、様々な情報を取得したり機器の管理・操作をしたりゲームや動画などを楽しんだりと、生活や仕事などに欠かせない身近なツールになっている▼これは、最先端の科学技術を駆使した傑作ともいえよう。しかし、それなのに何か寂しい気がする。スマホはそれほどに高度な、その名の通りのスマートフォン(賢い電話機)である。しかし、それが普及した結果が世の中に起こしていることは、少しも賢くないのだ。なぜだろうか▼この調査者の一人、ジェームス・ステイヤー氏は「もはや日米だけでなく、グローバルな問題。皆が真剣に考える必要がある。教育上の問題でもある」と述べ、人間社会にとって重要な問題だと指摘した▼この問題は、こうした機器やサービスを開発・提供して利益を得る企業側にも責任がある。使う側、提供する側がともに問題意識を持って考え、スマホを心地よく賢く使う術を見いだしていく必要がある。

29年9月29日号

65歳を過ぎると急速に記憶力が衰えてきて、最近、物忘れの多さを実感するようになった。親の顔を忘れるなどという落語に出てくるようなことはさすがにないのだが、人の顔と名前が一致せず思い出せないことが多々ある▼ところで国勢調査をもとにした推計によると、65歳以上の高齢者人口は3500万人を超えた。前年度比57万人増で、総人口に占める割合は27・7%だという。いよいよ医療や介護など社会保障制度の見直しを迫られ、高齢者にも負担が求められる時代になった。物忘れを嘆いているばかりでは生きてはいけないのかもしれない▼ただ専門家に聞くと、年をとれば物忘れは誰にでも起こりうることで、それ自体はあまり心配することではないと指摘する。そもそも記憶には、短期記憶と長期記憶があり、今まさに覚えた記憶が短期記憶で海馬に保存される▼海馬は、大脳の中心部にある記憶をつかさどる器官で、そこではエンドレステープのように瞬時に記憶されたり消去されたりして、情報が整理される。それが大脳表面の神経細胞に送り込まれてネットワークを構成して長期記憶となる▼この海馬の神経細胞にアミロイドβというゴミがたまることで細胞自体が死んだり伝達機能が低下したりすることで起こるのが物忘れである。特に新しい出来事は、ゴミのせいで覚えづらくなるようだ▼脳は何でもかんでも記憶する装置ではない。忘れることが前提で機能している。少し気になる物忘れではあるが、それもちょっとした老化現象。深刻に考えず前向きにとらえることが肝要のようだ。

29年9月22日号

先日、伊豆大島を一周する道路を自転車で走る機会があった。島の生い立ちをありのままにいかした強烈なアップダウンがある全長約45キロメートルのコースで、昨年はアジア自転車競技選手権が開催された。伊豆大島は2010年にジオパークに認定されている。走っていると、あちこちで火山島であることに気づく。宿の庭には巨大な火山弾が置かれていたり、噴石防御のためのかまぼこ状のシェルター(避難壕)を見かけた。また、一周道から眺められる波浮港は元々は爆裂火口だという▼18世紀の大噴火で最高峰の三原山が作られた。南西部の一周道沿いにあるバウムクーヘンのような全長630メートルの地層大切断面は、緩やかに波打っており、島の噴火の歴史が刻まれている。この自然は、農作物や漁業資源、温泉など様々な幸をもたらしている。しかしながら三原山は活火山であり、最近では1986年に噴火し、迫り来る溶岩流から全島民が無事避難した記録はノンフィクションのドラマになった▼先日、また北海道を越えてミサイルが通過した。Jアラート(全国瞬時警報システム)により、対象地域では個人の携帯電話、自治体の防災無線から警告が発せられた。本来、Jアラートは、対処に余裕がない火山噴火や地震等の自然災害についての情報も発出するシステムだ。例えば、急な噴火についても衛星データ等を利用して変化を感知して注意すべき情報を迅速に提供、早めの避難を促して被害を最小限にする役割がある▼しかし現状では、情報が出た後、どうすればいいかと戸惑う人が多く見受けられる。その迷いが避難開始を遅くするかもしれない。情報をちゃんと活用するためにも、普段の防災訓練以外にも各種災害について様々な対処法を想定し、それを家族や友人、所属組織等と共有しておくことが重要だろう。