30年3月9日号

次世代医療基盤法が今春、施行される。本人が拒否しない場合、個人の医療情報(診察歴、投薬歴、手術歴、健診情報、各種検査値等)を医療機関から認定事業者に提供でき、認定事業者は、これら情報を匿名加工した上で、利用を希望する研究開発の現場に提供できる▼大規模な医療情報を統合的に解析・分析することで、ある患者に対して様々な治療選択肢の中から、最適なものを選ぶことが可能になるほか、疾患Aと疾患Bとの関連性が明らかになることで、診療科を超えた治療方針を策定することもできるようになる。さらにSNPsや代謝物との相関解析により、発症前に病気を防ぐことも可能になるだろう▼メリットばかりではない。個人の医療情報が電子化され流通することになれば、情報漏洩も当然起こりうる。そのため政府は、認定事業者に対して、非常に高いセキュリティ対策を求めている。例えば、監視カメラの導入や罰則付きの守秘義務、個人情報を扱うシステムの物理的分離、データの暗号化などである▼行政の電子化が最も進んでいるエストニアでは、自分のICチップとパスワードで自らの診療履歴を見ることができる。仕事上必要な行政組織や医療関係者は他者の医療情報にもアクセスできるシステムだ。以前、エストニアで取材した際、政府関係者にセキュリティ対策を聞いたところ、一般的なセキュリティ対策とともに、国民が自分の医療情報を誰が見たのかをチェックでき、また行政関係者や医療関係者が仕事とは関係なく閲覧したり情報を漏洩した場合には、禁固刑を課すことが法律で規定されているという。実際、取材の数カ月前には、行政官の一人が禁固5年の処分を受けた▼人間は目の前の誘惑に負けてしまう弱い生き物である。そうした人間の特性を考慮したシステムづくりが必要だ。

30年3月2日号

総務省統計局「国勢調査」資料によると、戦後、3大都市圏を含む関東、近畿、東海ブロックの人口が増加し続けており、特に戦後一貫して、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)を含む関東への集中が続いているという▼資料によれば、2015年の時点で、関東地域の人口が全国に占めるシェアは35%以上で、ほぼ日本の人口の3分の1が関東地域に集中していることになる。東京圏だけでも30%近い▼いま、ICT(情報通信技術)が高度に発展し、インターネット、ブロードバンドの時代から、さらにAIやIoT、ビッグデータの時代へと急速に移行している。テレワークなどで遠隔地にいても仕事ができるようになり、大都市圏への人口集中緩和につながるのではないかという期待もあったが、実情はこれに反している▼かつて、日本の山村の過疎化が問題になり始めたころ、それならば街に通じる道路を整備して便利にすれば、人々は村にとどまることを選び、移住はしないだろうと考え、道路をつくった▼そうしたら、その道路を使って街に出かけるようになった人たちが、便利な街の暮らしになじみ、憧れを持ち、しまいには街の方へ移住してしまい、過疎化が加速したという笑い話を聞いたことがある▼同じようにICTが発展してネットが全国、世界中につながるようになって、今度は日本だけでなく世界中から日本の大都市に人が集まり始めている▼さきほどの道路の話に倣えば、ネットで大都会の様々な情報に触れる機会が増え、日本の大都市の魅力を知った人たちが、国内ばかりか、世界中から集まって来るようになったということなのだろうか▼一極集中の緩和、地方活性化は日本の大きな政策課題だが、実情は集中が止まらないようで、その解決にはまだまだ時間がかかりそうである。

30年2月23日号

今年6月頃に宇宙航空研究開発機構の探査機「はやぶさ2」が小型惑星「リュウグウ」に到着する▼約1年半ほど滞在し、観測を進め、着陸できそうな場所を探り、砂の採取にチャレンジする。リュウグウは、有機物や含水鉱物をより多く含み、太陽系の起源・進化、生命の原材料物質の解明が期待される原始的な天体。2020年末頃に、成果を抱いて地球に凱旋する予定だ▼ところで、今年はこうした宇宙のロマンを満喫できるイベントが多くあるそうだ。1月31日に起きた皆既月食は多くの方が楽しまれたことだろう。その皆既月食が7月28日の夜明けにも起こる。天候に恵まれれば皆既中の月が輝く珍しい「パール富士」が見られるかもしれない▼また7月31日には15年ぶりに火星が大接近する。7月から8月いっぱいは大きく見えるだけに、望遠鏡があれば、かつて運河ではないかと言われた黒っぽい模様が観測できる▼さらには、好条件で見られる流星群の当たり年でもある。時系列的にいうと、4月23日にこと座流星群が極大となる。1時間に10個程度、夜半に月が沈むと見やすい。8月13日にはペルセウス座流星群が極大となり、しかも月明かりがなく条件は最良で、1時間に40個程度は見られる。最後が年末におなじみのふたご座流星群。12月14日に極大となり、1時間に40個程度、月が沈む夜半が見やすい▼天文ファンでなくても、宇宙のロマンを楽しめそうだ。

30年2月16日号

生態系において、相互に利益のある共生(相利共生)は、マメ科植物と根粒菌によるものがよく知られている。身近なところでは、ヒトを含めた真核生物の細胞内のミトコンドリアや植物の葉緑体も、かつては細胞内共生細菌だったと考えられ、いまでは我々が生きていくのになくてはならない存在だ▼こうした共生関係については近年、農業利用に向けた研究がめざましく進展している。作物に特定の細菌を感染させることで、他の細菌からの感染を防いだり、作物に害を及ぼす農薬の効きづらい昆虫に共生する細菌を殺菌したりすることで、間接的に昆虫を防除しようというものだ▼なかでも、宿主となる昆虫と、それに共生する細菌の繊細な関係性はとても興味深い。例えばホソヘリカメムシには細菌のバークホルデリアが共生しているが、両者の関係は密接で、細菌がいないことが不利になるほどに相互が依存している▼この昆虫の体内には、細菌のための器官もある。そして宿主はこの細菌以外の進入を防ぎ、共生細菌は他の細菌とは異なる能力を獲得することで共生を成功させているとみられている。共生のひとつである寄生関係では、宿主を操作する共生生物もいるため、個人的にはこれらの仕組みが宿主と細菌のいずれの「思惑」によるかが気になるので、今後の解明を期待している▼2020年のオリンピック、パラリンピックは東京で開催される。この基本コンセプトのひとつは「多様性と調和」で、共生社会をはぐくむ契機となるような大会を目指すという。「契機となるような」という表現が現実的で悲しいが、未来はつくれると信じたいものである。

30年2月9日号

人工知能関連のトップ1%論文占有率は、米国24・6%、中国19%となっており、日本は2・1%でしかない。研究開発投資額も米中に比べて、日本の規模は非常に小さい。人材も同様だ。こうした中で日本に勝つチャンスはあるのか▼産業技術総合研究所人工知能研究センター長の辻井潤一氏によるとAI研究のフェーズがシフトしているという。つまり、現在主流の巨大なデータセットを学習させるAIから、IoTやロボットと組み合わせるAIへの変化だ。現在の投資・研究規模から考えると、前者では米中と勝負にならないが、後者の研究開発・社会実装であれば、日本の強みを活かし競争力を発揮することができる可能性がある▼ATRを中心に開発・社会実装が進んでいる脳画像とAIを組み合わせたニューロフィードバック技術は、世界でも有数のものである。実際、幻肢痛の緩和など、医療分野での応用も世界に先駆けて進みつつある。ImPACT原田プロジェクトでは、数万個規模の各種センサなどから生成される大規模データを数秒で解析・処理できるシステムを開発しており、社会実装も進みつつある。光研究や技術は数多くある▼いわゆるビッグデータは、現在までに生みだされたものより、今後、生成されるものの方が多い。また各種センサやモノづくりの技術は日本の得意分野でもある。この強みを活かすことで、AI技術分野で日本が主導力を持つことは可能であろう▼何をすべきか。例えば、国には社会実装に向けたルール作りや環境整備が、企業にはビジネスモデル構築と産学での研究開発に対する大規模投資が、大学には基礎に立ち返った研究開発とともに人工知能開発方法論といった知識体系の構築が求められている。こうした取り組みを産学官が一体となって進めることが重要だ。

30年2月2日号

AI(人工知能)が進化し、様々な分野で応用開発の動きが進展している。AI自体の研究開発も盛んである。そして、周辺ではインターネットやモバイル端末が急速に普及し、IoT、ビッグデータ、クラウドなどICT(情報通信技術)の躍進が止まらない▼他へ目を向けても、ロボット工学や自動運転、量子コンピューター、iPS細胞、宇宙ステーション等々、多くの分野で目覚ましく発展している科学技術がある▼かつて、技術開発には発散と収束の時期があるという話を聞いたことがある。今日の科学技術の発展の様子を見ていると、今はその技術の収束の時期にあたるのではないかという気がする。個々に発展してきた科学技術が、ここに来て互いに寄り集まってつながり、従来にない新たな科学技術の時代を創出しようとしている▼これは、まさに技術の収束であり、それによってもたらされるイノベーションである。その中心にいるのがICTであり、将来はAIが中核に居座ることになるのかもしれない。ただ、この動きが今後さらに加速していったら、未来社会はどうなっていくのか▼SF映画ではないが、AIに支配されたネットワーク社会が形成され、AIというマシンに管理されながら人々が生きていく時代が本当に到来するのであろうか▼インターネットの社会への急速な浸透や、スマートフォンのものすごい速さの普及など、急激な変化の中にいると、そうした未来の到来も危惧せざるをえない▼だから、人々の生活やビジネス、さらには社会全体にまで影響を及ぼす科学技術、とりわけAIやICT、iPS細胞などについては、人々に恩恵を与える利用の在り方とは何なのかを、いまからしっかりと議論していく必要があると思う。急激な科学技術の革新は、それを求めている。

30年1月26日号

改めて歯の大切さを認識させられる研究成果が出された。歯周病がアルツハイマー病の症状を悪化させるというのだ▼その仕組みが日本の研究機関、大学の共同研究で明らかになった。それによると、歯周病菌の毒素がアルツハイマー病の原因とされるアミロイドβという脳の”ゴミ”を増やし、認知症の症状を悪化させるのだという。そもそもアルツハイマー病は、認知症の約6割を占め、脳の神経細胞の中にアミロイドβタンパク質がたまり、神経細胞が徐々に死滅することで起きると考えられている▼研究では、アルツハイマーを発症したマウスを歯周病に感染させて、歯周病ではないアルツハイマー病のマウスの脳と比較している。その結果、歯周病のマウスでは、記憶をつかさどる海馬のアミロイドβの量が1・4倍も増えていた。しかも、記憶学習機能を調べる実験でも、歯周病のマウスは認知機能の低下をまねいていた▼もう一方の歯周病は、歯を支えている歯茎、歯槽骨、セメント質などの組織に起こるさまざまな症状の総称で、人間が歯を失う原因として最も多い。成人の約8割が罹患しているともいわれている。放置しておくとどんどん進行していき、きちんと処置しないと取り返しのつかないことになるのが歯周病の怖いところだ▼今回の成果の意義は、歯周病をきちんと予防すればアルツハイマー病の発症の予防や抑制につながる可能性があることを示した点にある。やはり普段の口腔ケアが肝心のようだ。

30年1月19日号

大抵の新しいことは予定通りにいかないことの方が多い。特に先端的な分野ではよくあることだ。テクニカルな点だけでなく計画そのものに不安要素があったりする。しかし、うまくいかない過程から、画期的な発見があったりする。だから研究は面白いし、奥深い。うまくいかない方が多くの知見を得られることもある▼昨年、民間企業の宇宙開発・利用への参画を促す宇宙2法が施行された。宇宙ベンチャー各社が資金調達に成功しており、国もトップセールスで新興国に人工衛星などを売り込むなど、国内の宇宙分野の勢いには目を見張るものがある。しかしながら、人工衛星やロケットを宇宙に届けることは容易なことではない。今年度は、宇宙ベンチャーによる、観測ロケットの失敗、宇宙ゴミの分布を観測する衛星の軌道投入の失敗が相次ぎ、月探査ローバーを輸送するロケットの打ち上げ遅延で国際コンペへの参加が極めて厳しい状態にあることなど苦難が続いている▼一方で、米国の宇宙ベンチャー・スペースXは幾度かのロケット打ち上げ失敗を乗り越え、国際宇宙ステーション計画の重要な輸送請負会社として信頼を得ている現状がある。幸いにして、昨年失敗した2つのプロジェクトは、次の計画が組まれており、各ベンチャーは再挑戦に意欲を燃やしている。1回の失敗で終わらせてはいけない▼昨今はどこを向いても効率を求め、失敗を許さない雰囲気に満ちているように思う。なんと窮屈なことか。そうした中でも失敗を糧に進むことが科学の真骨頂なのではないか。