【連載 深海、その先に】第1回 「しんかい6500」乗船レポート㊤

まもなく潜航回数1500回を迎える有人潜水調査船「しんかい6500(6K)」は、完成から28年間にわたり、日本のみならず世界の深海研究を支えてきた重要な基盤である。今回、海洋研究開発機構の深海潜水調査船支援母船「よこすか」から6Kに乗船する機会を得た。この連載では、乗船レポートを2回お届けし、以降は今後の深海探査について考えていく。

「しんかい6500」を背景にパイロットの皆さんと (中央が筆者)

いざ駿河湾海底へ「不安だらけのスタンバイ」

乗船取材は、生身の体では通常は行くことができない200㍍以深の深海に行くことになるわけで、心の中は不安以外の何物でもなかった。これまで無事故というのは理解しているが気持ちが落ち着かない。6Kには取材で何度も関わり、愛着さえあったので、私は乗船取材を有意義にするため、関連書籍を読み返し、6Kが登場するドラマや調査で撮影した映像などを見直した。

 

▼船長のレクチャー

潜航前日、静岡県の清水港からタグボートを経由して「よこすか」に乗り込んだ。一通り乗船案内が済んだ後、6Kを操縦するパイロット(船長)の松本恵太さんから、6Kについて船内機器のレクチャーと潜航ポイントについて説明を受けた。
全体のスペック、前方のカメラやマニピュレータ(前方に付く2本の腕)、実験道具や試料を入れるバスケット(最大150㌔㌘まで搭載できる)、船内機器について説明してもらい、非常時の対応を聞いた。このあたりは復習といった感じだ。翌日潜航する西伊豆の戸田(へだ)海底谷では、深い場所から上昇しながら観察を行うという。この場所は、6Kが訓練でよく利用するポイントで、ここ数日連続して潜航している。水深1340㍍に到着後、途中途中で広い空間が階段状にある谷を駆け昇っていく。イバラカニ(別名ミルクガニ、食用としても人気がある深海カニ)が多く生息している場所があったので案内できるとのこと。土産を持って帰れる!と思ったら、今回は生物採取の許可は下りていないということで断念した。
定食を2種類あわせたような豪華な夕食の後、長年6Kのパイロットを務めた同機構の田代省三広報部長らを囲んで潜水船の話に花が咲いた。明日の潜航への期待が高まる中、ゆりかごのように揺れる船の中で眠りについた。

▼おだやかな海面

4月14日早朝、駿河湾岸に位置する清水港の外防波堤近くに停泊していた「よこすか」は、船首旗竿につけていた停泊を示す丸い形象物を下ろし、戸田沖へ向かう。
港から出て少しすると海面に幾つかの光の筋ができた。イルカの群れのようだ。富士山はかすんでいるが、海面はおだやかで潜航日和だ。
8時10分、船内放送で「スイマー、スタンバイ」とアナウンスがあった。これは今日、潜航が行われるという合図でもある。防寒と防火のため、6Kの搭乗者は青色のレーシングスーツのようなツナギを着込む。登山用の厚手の靴下、ツナギの中にはセーターを着て寒さにも備えた。船内温度は10度C前半(海底は2度C程度)とのこと、サンタクロースのような大きな靴下も念のため借りた。5時間以上耐圧殻から出られないため、精神衛生上のお守りとして6K搭乗初心者がお世話になる紙おむつも着用した。

しんかい船内の耐圧殻の中

▼潜航はスイマー頼み

パイロットの松本さん、コパイロット(船長補佐)の石川暁久さんと共に6Kの耐圧殻内に入る。皆が腰をおろしても船内はそれほど狭いと感じなかった。潜水艦のハッチのようにハンドルを回して入り口を閉鎖する。すぐに、船内機器のチェックが始まる。松本さんが計器を確認し、石川さんがその結果をチェックリストに書き込む。その間、6Kは「よこすか」の船尾にあるAクレーンに吊り下げられ、船後方へと移動。6Kには、太い縄(吊り下げ索、曳航索)がつけられており、海に優しく投入された後、待機していたスイマーが6Kの上に乗り、その縄を外してくれる。この作業は、海面が荒れているとできない。潜航できるかどうかはスイマーが作業できるかどうかにかかっているのだ。この人間を介した方法は他国の潜水船も共通だという。
海面に浮く6Kの窓の外は、エメラルドグリーンの水に満たされている。9時ちょうど、松本さんの「よこすか、しんかい、ベント開900」という交信で、6Kは静かに下降しはじめた。船内タンクのベントを開けると海水が入ってくる。駿河湾の海底を目指す6Kの第1489回潜航が始まった。

※生物名はあくまで主観に基づいた表記です。

潜航地点の海底地形図(海洋機構提供)