【連載 深海、その先に】第3回 進化する有人潜水船

研究以外にも活用 探査の新たなひろがり

今回、乗船取材した海洋研究開発機構の有人潜水調査船「しんかい6500(6K)」は、全長9・7㍍、重量約27㌧の潜水船だ。直径12㌢㍍の観察窓が3つあり、船外には2台のカメラが搭載されている。定員は3人で、操船のためのパイロット2人以外に、観察者と呼ばれる研究者は1人しか乗れない。小型船舶であるため、5年ごとに免許を更新する定期検査がある。今回、人が入る耐圧殻内の大改修が行われ、機器の換装や配置変更により船内が広くなった(特に右側窓周囲の空間が広くなり観察しやすくなった)。これは実施が検討されているパイロット1人、研究者2人という体制での運用に向けたものでもある。

▼40年近くも安全運航

1960年に人類が初めて海の最深部水深1万911㍍に到達した際、乗船者を超高圧から守っていたものも6Kと同じ球体の金属製耐圧殻だ。そこにはめ込まれた小さな窓から船外を観察するという形は、現在運航中の深海用の潜水調査船で多く採用されている。
6Kは、研究機関が保有する大深度の有人潜水調査船では、いまだに世界一の潜水能力を持っている(米露中は軍が保有)。6K建造のために造られた有人潜水調査船『しんかい2000』での潜航も含めると、同機構では40年近く無事故で有人潜水調査船を運航している。6Kは、電源を喪失したり、母船から位置がわからなくなっても自力で浮上でき、フェイルセーフになっている。また、乗船者が5日間程度生存できる酸素や食料等を積んでいる。
乗ってみて一番驚いたのは、船内が非常に静かな空間だったことだ。音といえばソナー音と機器の作動音くらいしかない。強い海流がない場所だったこともあり船体も揺れず、船の重さを調整するバラスト(おもり)を落とした際も気づかないくらいだった。約7㌢㍍隔てた海中は人間が生身では生存できない100気圧を超える高圧の世界であることを忘れてしまうくらいだ。船内は直径2㍍程度と少し狭いが、気圧などは地上と変わらない。しかし、空調がないことから船内温度は、寒い海域で潜ればセーターなどを着込まないと寒くなるし、暖かい海域で潜ると湿度が高くなり、チタン製の耐圧殻の内側は激しい結露にみまわれるという問題がある。
岩壁など危ない場所で一定距離をキープしながらの操船、迅速なサンプル採取などの技術も高い。海底から高温の熱水が噴いているサイトでの探査も数多く実施している。操船などのオペレーションはパイロット任せなので、研究者にとっては目的に十分集中できる環境と言える。例えば、研究者でも厳しい訓練を受けないといけない宇宙での研究(国際宇宙ステーションでの滞在等)と比べれば、深海へのアクセスは比較的楽だ。乗船のための研究提案の採択率も昨年度は3割程度で科研費よりも高い。

▼ニーズに細かく対応

今回の換装で、船外を照らすライトが全てLED化され、窓の前を照らす光は強力になり、昼光色に近い色合いが出せるようになったという。船外にあるハイビジョンカメラが映す画像は、青っぽさが弱まり自然に映るようになった。しかしながら、奥行きを感じたり、一瞬だけ現れる生物、瞬間的なイベントを捉えることについては、やはり人間の目に軍配があがりそうだ。なにより、自律的に航行できる有人潜水調査船は、母船とのケーブルでつながる無人探査機(ROV)と比べ、機動性が高く、研究者のニーズに細かく対応できる。

母船に格納されたしんかい6500

改修も試行錯誤中

6Kなど有人潜水調査船に30回以上乗り、多くの研究業績がある同機構深海・地殻内生物圏研究分野の高井研分野長は「船内の環境を良くすることは非常に重要です。例えば、スペースの問題。研究者を2人乗せられるようになったら『しんかい2000』のように窓は研究者が観察に使って、パイロットは椅子に座ることで床面積を広げる。超広角で撮った船外映像をAR処理して操船する方法も考えられます」と話す。
深海探査を支える有人潜水調査船と無人探査機は、同じようなフィールドで活動しており、オペレーション方法や船体に搭載する機器など共通するところも多い。私が6Kに乗船取材した際の船長補佐の石川さんは同機構のAUV(ケーブルがない自律型無人探査機)「うらしま」の運航長も兼任していた。有人潜水船、無人探査機で技術を高め合う体制ができていることは重要だ。
現在、深海探査の主力は、高性能のセンサーを積み、サンプルを搾取するなど様々なことができるようになったROVやAUVだ。運航コストという面もあるが、人間が直接行くことができない危険な大深度での石油掘削等に対応した無人探査機・水中ロボットの高度化が進められた結果でもある。

▼民間のチャレンジ

しかしながら5年ほど前、映画監督のジェームズ・キャメロン氏が私財を投じて1人用の潜水船で1960年以来52年ぶりに世界最深のチャレンジャー海淵に潜航したり、海外の民間企業が開発した水深数百㍍から約2000㍍まで潜ることができるフルビジョン(アクリル製の透明なドームに動力が付いた船)の潜水船が研究機関等で利用されている。国内でもフルビジョンの潜水船を利用して、海中を優雅に泳ぐダイオウイカの撮影に成功して大きな話題になった。水深数百㍍の深海の不思議に、研究者だけでなく一般人も注目し始めている。水深3000㍍以上潜水できる船の開発を進める企業も海外には現れている。
これまで主に研究者しか行けなかった深海は、多くの人がアクセスできるようになりつつある。この変化は、これまでの研究や資源開発が中心だった深海探査に大きな影響を及ぼす可能性がある。

しんかい6500の母船 よこすか