【連載 深海、その先に】第4回 深海に行くということ 明るくはない現状

 多くの知識を得るために

現在、フロンティアに人間が行く意味が模索されている。その中で、有人潜水調査船「しんかい6500(6K)」が置かれている現状は微妙だ。
政府の海洋基本計画(第二期、平成25年度~)では、海洋調査の基盤となる海洋調査船、有人・無人調査システム等を着実に整備し、新たな調査機器の開発、新技術の導入を推進。国等が保有する船舶、有人・無人深海調査システム等について、性能を十分に発揮できるよう計画的に代替整備や老朽化対策を進めると明記している。
第5期科学技術基本計画の中にも、海洋科学技術は、国家戦略上重要な科学技術として、長期的視野に立って継続して強化していく必要があるとしている。

文科省での検討のようす

▼外交面でも重要

昨年、文部科学省の科学技術・学術審議会海洋開発分科会のもとに設置された次世代深海探査システム委員会では報告書「今後の深海探査システムの在り方について」をまとめた。日本が高度な深海探査システムを維持し続けることは、国際的な優位性を保つために重要としている。その上で、6Kを最大限活用し、これとは別に水深3000㍍程度まで探査可能な透明な球体のような外観のフルビジョン有人探査機の導入や開発を検討すべきとし、6Kの性能を超えるフルデプス(海洋の最深部まで到達可能な)有人潜水調査船については、社会的・科学的ニーズ等をふまえて検討するという記述にとどまった。
現在、6Kが所属する海洋研究開発機構では、外部有識者を加えた委員会を設置し、次世代深海探査システムについて、深海探査の方向性、無人探査機用の強靭で軽い新素材ケーブルの開発など、具体的な検討が始まっている。まず無人探査から確立する技術を決め、その技術を有人探査にも受け渡していくという流れのようだ。
2012年、中国が6Kの潜水能力を超える潜水船を建造した。同国では、数年後にはフルデプス潜水船を造る計画もあるという。現在、水深6000㍍程度までの潜水能力を持つ船は、世界でも米露仏中と日本のみが保有している。6Kを持ち、運用しているということは、単に深海研究の世界的な優位性を保つだけではなく、安全保障などの外交面でも重要な役割がある。最近では、稀有な能力を活かして、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)関連の海洋資源研究や防災研究など、国家戦略に沿って利用されることが多くなった。国のためのミッションに従事することは、6Kの運用の幅が広がるという意味では重要だ。一方で、同機構の運航経費等が捻出される運営費交付金が大学等よりも高い削減率で年々減らされ、その結果、純粋な科学研究での利用割合が低下している点は問題と言えよう。
同機構深海・地殻内生物圏研究分野の高井研分野長は「6Kだけでなく、無人探査機の潜航回数さえも少なくなっている現状を非常に危惧しています。潜航回数が多ければ多いほど、良い科学成果に結びつく可能性が高くなると思っています。用途の異なる複数の有人、無人探査機での調査が望ましい」と話す。

▼目的別にすみ分け

文科省の関係者は、6Kの研究者2名乗船での運用が可能になった場合、多くの研究者が利用することで深海研究がより発展することを期待していると話す。また、ニーズが多い3000㍍級の有人潜水調査船については、コストの面を含めて国産技術で開発するか、海外製を購入するか柔軟に検討するとし、フルデプスの有人潜水調査船の開発については、どのような科学的成果が得られるか不透明で、開発には技術課題もあるとしている。
一方で、同機構の平朝彦理事長はフルデプス・フルビジョンの潜水調査船開発に意欲的だ。もし実現可能ならば非常にユニークで魅力的な船になる。同機構の田代省三広報部長は「新たなフルデプス・フルビジョン船では、より高性能な耐圧殻や浮力材の素材の開発、下降上昇のスピードを上げるような船体形状、揚収時などにスイマーを必要としない運航方法などへのチャレンジも期待したい」と語る。
例えば、材料開発に強い研究機関や民間企業とともに、深海環境でも耐えられる新素材を開発することができれば、フルデプス船の開発につながるだけでなく、宇宙分野や海底掘削などの極限環境にも適用できる。つまり、この技術を世界的に売り出すことができ、日本の国際競争力向上につながるだろう。もし、十分な予算を確保できないのであれば、フルデプス船については、国際宇宙ステーションや南極や北極での研究のように、船の建造から運用を含め、国際的枠組みで考えていくということも一つの手段ではないだろうか。
深海探査の手段には、それぞれの特徴があるので、目的ごとにすみ分けをする必要がある。例えば、機器の設置や試料のサンプリングはケーブルがある無人探査機(ROV)、広範な海域での効率的なサーベイはケーブルがない自律型無人探査機(AUV)が担当し、機械の目だけでは困難な、画期的な発見につながる探査には有人潜水調査船を利用するといった具合だ。これら複数の探査機をそろえることが、深海探査システムの高度化、効率化には重要な要素だ。現在国内には、6Kのバックアップはないものの、研究等に使えるROV、AUVが増えてきた。SIP等の成果を利用できればシステムとして運用することが可能だ。

▼調査はまだ出発点

これからの有人潜水調査船では、単に深く潜れるかどうかよりも、深海に多くの研究者などを送り込み、広く海の情報、知識を得るための探査をすることが重要になりそうだ。まだ海洋は点の調査しか行われていない。例えば、2015年の国連の持続可能な開発目標(SDGs)では、海と海洋資源を保全し、持続可能な利用を促進するとしている。そのためにはまず、海の多様性について根本的なところから理解する必要がある。浅海から深海域まで調査ができる有人・無人探査機を組み合わせて調査をすることで、従来できなかった生態系全体を捉えることができるかもしれない。日本のEEZの約半分は4000㍍を超える深海なのだ。日本が海洋調査の旗振り役を担うのは当然だろう。
今後増えてくる様々な海洋データはビッグデータであり、これを適切に解析し理解していくことで、新たな発見や新サービスの誕生にもつながる可能性がある。また、母船とケーブルでつながれていない有人潜水船やAUVとの通信は音響を使うため、時間がかかり、地球上にいるのに、まるで宇宙と通信しているようだ。様々な分野でイノベーションが起きているなかで、民間が利用できる画期的な水中通信手法が発明されるかもしれない。五感を備えた画期的なセンサーが開発される可能性だってある。
今回の乗船取材では、あまりに簡単に深海に行けること(もちろん潜航のためにたくさんの方が準備してくださった)がわかり、研究者ではない一記者でも小さな窓の外の深海という世界に魅了された。これから様々な立場の人が、ROVやAUVを通じて深海を観たり、実際に深海に行く機会が増えるかもしれない。もう、深海を暗くしておくことはできない。

=おわり=

海底から採取した泥 有効な菌が含まれているかもしれない。