少なくとも2030年までに、ほぼすべての医療機関で電子カルテを導入する。厚生労働省の「医療DX令和ビジョン2030」に掲げられた目標だ。電子カルテが全面導入され、データの標準化、集約化などができれば、患者データや治療データ、その経過などを解析しやすくなり、医療の質向上と医薬品開発などにつながる▼そうした希望のある未来が様々なところで語られる中、日本医師会の松本吉郎会長は政府の健康・医療戦略参与会合で「電子カルテの導入を強行すれば地域医療の崩壊につながりかねない」と警鐘を鳴らした▼日本医師会が紙カルテを利用している診療所にアンケート調査を実施したところ、54・2%が電子カルテの導入は不可能と回答。高齢の年代ほど導入不可能を訴える声が多かった。その理由として「電子カルテを操作できない」「導入しても数年しか使用する見込みがない」「操作に時間がかかり診療時間が確保できない」といった、解決困難な問題を抱えていることがわかった▼アンケートに回答した診療所の9割は無床診療所で、医師の少ない地域の医療を支えており、電子化を強要すれば診療が継続できなくなり、確実に地域医療の崩壊につながる。一方、3割は前向きだが資金的な問題やITスキルの問題を懸念していることから、支援が必要だ▼いま日本の地域医療は崩壊寸前のところにある。卒後臨床研修制度の導入と医局人事の崩壊により、地方の医師不足が深刻な状況になっているためだ。医師の質向上という良い目標のための取り組みが全体としてマイナスの結果をもたらした例だ。医療のDX化は当然進めるべきであるが、その手法については丁寧な対応が求められる。
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