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コラム・素領域

2021年3月19日号


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会話と対話は似たような言葉として使っているが、実は意味が大きく異なる。会話は知り合い同士の何気ない話で、対話は異なる価値観の者同士が意見を交わし、お互いの価値観を理解するための行為である▼日本学術会議学術フォーラム「危機の時代におけるアカデミーと未来」の中で、劇作家で四国学院大学教授の平田オリザさん(第1部会員)が講演「シンパシーからエンパシーへ」で語った▼明治期に外国から様々な学問が入ってきてそれらは急速に新たな日本語に置き換えられていったが、対話の言葉は作られなかった。大きな国家目標を進めるためには、前に進むのに時間がかかる対話は社会が必要としなかったためだろうという▼さて、対話の言葉が作られず、その訓練が行われなかったことは、その後の日本にどのような影響を与えたのか。ほとんどの議事録が残っているパリ講和会議の議事録を見てみると、日本の代表団はほとんど発言していない。イタリア代表団は怒って帰国してしまう。そしてドイツは敗戦国だったので参加していない。その後の第2次世界大戦となる▼東日本大震災では多くの寄付が全国から集まった。多くの国民が同情(シンパシー)した。一方、コロナ禍では全国民が被害者となり、社会の分断が起こっている。それぞれ異なる価値観(命の次に何が大事なのか)を互いに理解するための想像の力(エンパシー)が足りないためである。学術というのは、もともとシンパシーを得にくい。だからこそ、エンパシーを持ってもらうための学術会議改革が必要だという▼政治・行政にも言えることだ。十分な対話をせず、力で現状変更するのはまるで彼の国のようだ。

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