ギリシャ神話の医神アスクレピオスは蛇が巻き付いた杖を持つ。「アスクレピオスの杖」は医療や医学の象徴とされ、WHOのシンボルマークにも使われている▼蛇咬傷は多くの熱帯~亜熱帯地域の公衆衛生問題だ。世界中で毎年5百万人以上が蛇にかまれ、8~13万人が亡くなると推定されている。WHOは2017年、顧みられない熱帯病(NTDs)の1つに蛇咬傷を追加した▼蛇毒の致死的特性は分子量の小さい特定のポリペプチドに起因し、重症の治療には蛇の種類ごとに異なる抗毒素(血清)である中和抗体を必要とする▼日本には数十種類の蛇が生息し、そのうち本州の陸地でみられるのは8種類で、有毒なのはヤマカガシとニホンマムシの2種類だけだ。いずれもおとなしい種類で、乱暴に扱わなければ攻撃してこないが、農作業などの際に事故が生じている▼マムシ咬傷は国内で年間2~3千件発生し約10人が死亡。ヤマカガシ咬傷はAMEDの研究班の調査によると過去50年で43件発生し5人が死亡している。マムシ血清はウマの免疫反応を利用して製品化されている。ヤマカガシの血清は現在のところ臨床研究用だけにとどまり、モノクローナル抗体の開発研究が行われつつあるという▼本州でみられる8種類はいずれも東京都では絶滅危惧種としてレッドリストに指定されている。蛇は農作物に被害をもたらすネズミや害虫を補食し、日本では古くから信仰の対象とされてきた。崇めるとまではいかなくても巳年を契機にそっとしておく優しさを多くの人に期待したい。
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