2023.02.02 連載
宮田敏男教授
医療に本当に役立つAI開発とはどんなものか。これまで紹介してきた3つの事例では、まず最初に医療現場の課題を何とかしたいという医師の強い思いがあり、そのために今のAI技術で何ができそうなのかという課題設定とAI開発を行い、実際の医療情報を使ってみて、さらにその結果をAI技術開発にフィードバックすることで、医療現場で使えるAI開発が行われている。こうした理想的なエコシステムは、なぜ構築できたのか、東北大学大学院医学系研究科メディシナルハブの宮田敏男教授は「オープンイノベーションと異業種協業、そして経験を積むこと」と言う。
■■ 異業種連携が鍵 実践重ね成功への道歩む ■■
かつて低分子化合物の医薬品を中心としていた医療は、抗体やタンパク質といった生物製剤、いわゆるバイオ医薬の登場で大きく変わった。21世紀に入ってからは、遺伝子療法、細胞療法、核酸医薬など、新たなモダリティが登場し、それまでの多くの患者を対象としたブロックバスターから個別化医療へとシフトしてきている。一方、医学も病理学や生理学から、生化学、分子生物学へと発展し、さらに医工学や情報工学を取り入れることで新たな段階に入っている。
宮田教授は「医療イノベーションの担い手としてのアカデミアの役割の重要性が増しています。化学や生物学に加えて、工学系や情報系の科学技術、さらにはそれらの組み合わせが必要とされ、異分野融合のオープンイノベーションがますます重要になっています。さらに、かつてのように製薬企業1社で全てを開発するの難しく、ベンチャーやIT企業など異業種協業が不可欠になっています。また、大学の研究も医師主導治験など橋渡し研究を公的資金で全て賄うのは難しいと考えます。ベンチャーキャピタルを含め、リスクマネーをいかに活用して研究開発を進めるかというのが重要です。また、1大学ではやれることに限界がありますが、国内の多くの大学が連携することで大きな力を発揮できます。医師主導治験によっては、20以上の大学医療機関が連携することで実施することができました」と語った。
実際、メディシナルハブでは、PAI-1阻害剤などの医薬品、極細内視鏡といった医療機器、そして今回紹介したプログラム医療機器(人工知能、AI)の開発をオープンイノベーションで実施している。
特にAI開発は、医薬品や医療機器とは違い、異業種連携が重要な鍵を担う。宮田教授は「医療へのAIの活用は大きな可能性を秘めたテーマですが、研究開発に重要な役割を演じている参画者らが、それぞれ課題を抱えている状況です。医師と医療機関は、医療の課題や問題(ニーズ)を熟知し、豊富な医療データやアイデアなどを有してはいるものの、AIの知識やAIベンダーとのネットワークが乏しく、具体的な研究開発に着手できない状況です。一方、AI技術を有するITベンダーは、医療分野への応用に興味はありますが、医師や医療機関とのネットワークが少なく、また、医療ニーズや薬機法など薬事行政の経験も不充分で、医療現場での本格的な開発は難しい状況です。さらに、AIの医療応用を事業化したいと考える出口の製薬・ヘルステック企業も、研究から事業開発まで自社単独で全て対応することは時間的にもリソースの観点からも困難な場合も多いといえます」という。
そこで、医療ニーズの把握と医療現場での開発を重視する視点、多くの医師や診療科とのネットワーク、医薬品や医療機器の医師主導治験で蓄積された経験やノウハウを基に、医師と医療機関、AI技術を有するITベンダー、出口の製薬・ヘルステック企業間を結ぶ結節点として、東北大学メディシナルハブでは医療分野でのAI研究から事業までをつなげるエコシステムの構築に取り組んでいる。これまで紹介してきた3つの事例は、その成果の一部だ。研究開発資金についても、AMEDなどの公的資金だけでなく、バイオベンチャーのレナサイエンス社など参画企業からの資金も活用している。
宮田教授は「この十数年で22件の未承認薬の医師主導治験を行っており、その経験は今の様々なプロジェクトに生かされています。AIの開発は今は7つくらいのプロジェクトを進めていますが、ここ数年で20件ほどに増やしていきたいと考えています。いろいろな医療分野と医療情報(数字、音声、画像、テキストなど)で実践することで、医療AI開発の課題が見えてきますし、多くの関係者が経験を積んで、どうすれば医療用AIで成功できるのかを理解できるようになります。皆で実践を重ねることが重要です」と話す。(連載おわり)
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