【上】クライゼル3兄弟によって設立されたクライゼル・エレクトリック社の新社屋 【下】バッテリーパックの中身
父親が電気自動車を買ったが、充電には時間がかかるし、航続距離も短いため、ひどく落胆した。オーストリアの街の電気店に生まれた3兄弟は「もっと早く充電できないか」と考え、自宅でバッテリーや充電装置を開発した。近所でも評判になり、いくつかの会社からもオファーがあったため、2014年に会社を設立した。
世界中で最も軽量で最も効率的なバッテリーソリューションを開発し、2017年にフロスト&サリバン社(米コンサルタント会社)によって世界最高のバッテリー技術プロバイダーに認定されたクライゼル・エレクトリック社は、クライゼル3兄弟によって設立された。
オーストリアの北東、フライシュタット郡ラインバッハ・イム・ミュールクライス市ののどかな田園風景の中に、クライゼル・エレクトリック社の近代的な建物は存在する。この建物は昨年9月に完成したばかりで、それまではガソリンスタンド裏のコンテナが事務所になっていた。新社屋は使用するエネルギーの80%を太陽光発電などの再生可能エネルギーで賄っている。
クライゼル社は、バッテリーのセルを作るわけではなく、セルをバッテリーパックにすることで急成長してきた会社だ。電気自動車や充電ステーション、家庭用固定電池などには、数十個のセルを組み合わせたバッテリーパックが複数使われている。
普通、バッテリーパックは、セルの性能を100%発揮できるわけではない。パッケージ化のプロセスの中でセルの性能が10~30%程度劣化するためだ。その原因となっているのが、溶接時の熱だ。そこでクライゼル社は、独自のレーザー溶接技術を開発し、低温でセル同士を溶接できるようにした。これにより性能の劣化は飛躍的に低減した。アンドレ・フェルカ・グローバルCMO(最高マーケティング責任者)は「メーカーからレーザー装置を購入した時に、担当者からは『そんなことはできるわけはない』と言われたそうですが、いろいろと試行錯誤する中で、たまたま低温でレーザー溶接できる条件が見つかった」と話す。
もう一つの特徴は液体冷却システムを導入していることだ。通常のバッテリーパックは冷却に金属プレートを用いるため、どうしても重量がかさむ。そこでセルの回りに難燃性の液体を循環させることで、効率よく熱をコントロールする技術を開発した。その結果、1㌔㍗時あたりの重量は、他のメーカーが5~7㌔㌘なのに対して、同社のパッテリーパックは4・3㌔㌘になった。使っている液体は3M社製の一般的なものだという。動作温度はマイナス20度C~60度C。
こうした技術によって、最も軽く最も効率的なバッテリーソリューションが完成した。例えば、アーノルド・シュワルツェネッガー氏のメルセデス・ベンツGシリーズに搭載した同社のバッテリーシステムは、18分で80%まで充電でき、350㌔㍍の航続距離とともに、0~時速100㌔㍍までの加速に5・5秒という高出力を実現している。またボートに搭載したシステムでは、最高出力360㌔㍗、平均出力180㌔㍗により、時速97㌔㍍を達成した。
アンドレ氏は「イノベーターになるのか、プロデューサーになるのか。我が社はイノベーターになることを選んだ。研究開発とプロトタイプの製造は行うが、大規模な生産は提携先の企業にライセンシングすることで実施している。メーカーから相談を受けて、求められる性能や重量、形などを相談しながら設計し、プロトタイプを作製してから、製造ラインのプロデュースを行う」と話す。
同社は現在、ドイツの自動車メーカーのほか、幾つかの社会とライセンス契約を結んでいるが、今後は充電ステーションや家庭用・産業向けの定置型蓄電池に注力していく。アンドレ氏は「すでに設置している急速充電ステーションは高価格だが、うちのバッテリーを入れることで、低価格な急速充電システムを提供できる。クリーンな社会を作るための基盤として、我々の技術を展開していきたい」という。
オーストリアでは、こうしたベンチャー企業の技術を国内の大企業や政府が評価し、積極的に支援している。9月に完成した新社屋のお披露目会には1000人以上の政府関係者や企業関係者が出席したという。数字などには表れない全体の雰囲気がイノベーションを生み出す環境を作り出している。
=第2回 了=
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