バーチャル・ヴィークルの自動運転車
シュタイアーマルク州のグラーツ工科大学内にあるバーチャル・ヴィークル社は、オープンイノベーションのための研究開発拠点だ。2002年に創設され、250人が働いている。株式の40%はグラーツ工科大学が所有し、複数の自動車関連会社が株主になっている。
現在の自動車開発においては、エネルギー効率や人間の快適性、車両の自動化などの目標に対して、シミュレーションを使うことでバーチャルなテストを行い、その結果と実際のリアルなテストを統合しながら、新たなシステムやコンポーネントを開発する。同社のバーンハート・ブラントシュタッター熱・流体力学部門責任者(グラーツ工科大学准教授)は「我々の拠点では、様々な専門家の知識をリアルタイムでつなげると同時に、バーチャルとリアルをつなぐ、モデル中心のシステム設計によって、研究開発を加速させることができる」と話す。
車両、エンジン、パワートレインおよびそのコンポーネントの最先端のテスト施設、AIによって強化されたデータ駆動型設計技術、センサ、自動運転機能、ハイブリッド道路インフラの包括的なテスト環境に加えて、組み込みインテリジェンス、センサフュージョン、フォールトトレラント組み込み制御システム、セキュリティシステムの開発・検証環境などが整備されている。さらに心理学者なども参加して、人間の快適性などをモデル化するなどのソフト面でも、オープンイノベーション拠点としての環境を整備し、ベンチャー企業からシーメンスやダイムラーなどの大企業、様々な大学や研究機関などを結びつけている。
バーチャル・ヴィークルは、オーストリア政府からCOMET(Competence Centers for Excellent Technologies)K2の一つに選定されている。オーストリア政府の交通省、デジタル・経済省、研究促進庁、シュタイアーマルク州政府などからも支援を受けているほか、EUプロジェクトも35件以上実施している。20カ国以上の研究機関等と連携し、EUからのプロジェクト予算は16~18年の3年間で合計3100万ユーロ(約40億円)を超える。さらに、50社以上のパートナー企業から、約5000万ユーロ(約65億円)が拠出されている。
さて、この拠点で、様々な会社や機関を結びつける非常にユニークな取り組みが、K2デジタル・モビリティプロジェクトだ。拠点に参加している機関から、異なる組織の数人ずつが小規模なコンソーシアムを形成して「こういう研究開発を行いたい」と共同で提案し、政府からの了解が取れれば、研究資金が提供される。「提案書は2~3枚のスライドで、研究開発は提案から6週間以内にスタートする」(バーンハート氏)という。
このシステムにより、参加企業も挑戦的な課題や若手の新たな発想によるイノベーションのタネをスピーディーに見いだすことができる。
バーチャル・ヴィークル内に本拠を置くベンチャーの一つ、ALPラボ社は、自動運転に関する様々なテスト環境を提供している。自動運転システムがドライビング・シミュレーター上で、与えられた条件においてどのような判断をするのか、あるいは自動運転環境で様々な変化が起こった時に人間はどのように反応するのかなどのバーチャルなテスト環境を提供している。さらに、シュタイアーマルク州とスロベニアの一部の公道250㌔㍍(高速道路や山道を含む)を自動運転車などのテスト環境として使用できる許可を取っている。
逆に言えば、シュタイアーマルク州の公道で自動運転車やADAS(先進運転支援システム)などの走行テストを行おうとするのであれば、ALPラボと共同で行わなければならない。もちろん、ALPラボが各メーカー等が納得するレベルのアウトプットを出すことが前提だが、実際に多くのパートナーシップ契約を結んでいることから、高い評価を受けていることがわかる。
同社のトーマス・ザッハ・パートナー・マネージメント・ディレクターは「大きなOEMは、自分でできる部分は自分でやり、できない部分を我々に依頼してくる。様々な要求に応じることのできるフレキシビリティがあることと、テスト環境がすべてそろっていることが評価されている」と話す。
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オープンイノベーション拠点で重要なことは、競争領域における各社の秘密を完全に守ることは当然として、拠点におけるオペレーションの柔軟性によって新たな知識やノウハウを得られるという点にあることが今回の取材でわかった。提案から6週間で研究開発をスタートできるK2デジタル・モビリティプロジェクトは、日本の産学連携やファンディングのシステムに示唆を与えてくれる。またALPラボの存在は、政府や自治体のベンチャー支援の在り方についても、一石を投じるものである。国の規模としては小さいオーストリアから日本が学ぶべきことは多い。 =第4回 了=
【連載おわり】
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