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2023.08.04 連載

「最先端研究とクラウド:AWSの挑戦」第4回 量子コンピューター活用の早期実現を加速

大阪大学大学院基礎工学研究科の藤井啓祐教授

 

 

ソフトウェア中心に研究、応用、人材育成
様々な環境を利用できるAWSに期待

日本を含め、いま世界中で開発競争が繰り広げられている量子コンピューターは、0と1の数字を使った2進数のビットを基に計算処理する現在のコンピューター(以下、古典コンピューター)と異なり、量子力学の原理に基づいた次世代のコンピューターである。ソフトウェアを中心に量子コンピューターの早期実現のプロジェクトに取り組む、大阪大学大学院基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏に話を聞いた。

「我々が暮らしている自然界の法則は、量子力学で説明することができる。特にミクロの世界では、通常の世界には見られない非常に不可思議な現象がある。例えば、0と1の状態だけではなく、それらの重ね合わさった状態(重ね合わせ状態)が代表的な例である。この世界では、情報も重ね合わせ状態が許される。このミクロの世界の物理法則を使えば、自然界の事象について、古典コンピューターが扱える一部の事象ではなく、もっと広く様々な事象を解明することができると期待されている。そういう量子力学の原理に基づいた新しいコンピューターを早期に実現したいと思い、研究に取り組んできた」

その量子コンピューターが世の中で広く注目されるようになったのは、1994年に米国の数学者ピーター・ショアによって、素因数分解が量子コンピューターで簡単に解けることが提唱されてからだという。これによって、情報の概念を量子力学まで拡張すれば、それまで難しいとされてきた様々な問題が解明できるという期待感が生まれ、量子コンピューター開発の機運が一気に高まった。

では、量子コンピューターが実現すると、我々の社会にどのようなインパクトをもたらすのか。その一つが、現在の情報社会で広く利用されている暗号の解読問題である。「素因数分解問題は、桁数が数百桁のように大きくなると、現在のスーパーコンピューター(スパコン)でも解くのが難しい。ところが、その問題を作った人は答えを知っているので、いくら桁数が大きくなっても簡単に解ける。そういう問題の非対称性(回答が見せられた時には簡単に計算ができるという性質)を利用して、現在の暗号化は行われている」と解説する。

しかし、いま解けない暗号も、20年から30年先に開発される量子コンピューターなら解けてしまう可能性もあるので、それでも解けないような暗号に、いまからでも置き換えていく必要があると指摘する。量子コンピューター実現のネガティブなインパクトとして、まずこの暗号解読問題があるが、量子コンピューターでも苦手な問題を見つけることで、より安全な暗号の開発につながる。また、そうしたネガティブなインパクト以上に、量子コンピューターが社会に与えるポジティブなインパクトは多いと説明する。

「いまは科学技術が進歩してミクロの世界の理解が進んでいる。身の回りのものや現象のミクロの世界を突き詰めると、やっぱり量子力学の世界に行き着いてしまう。例えば、水が透明に見えたり凍ったりするのも、ミクロの世界を構成する原子や電子の振る舞いに基づいている。その原子や電子を記述するのは量子力学の方程式である。これを古典コンピューターで計算処理するのは実は大変難しいが、同じ物理の原理で動く量子コンピューターなら容易である」

その他にも、例えば触媒反応の分子計算や電子状態のシミュレーションなどのように、現状のスパコンでもいまだに解くのが困難な問題がたくさんある。さらに、量子力学を支える数学はベクトルと行列の計算であり、これは機械学習の分野と相性がよいので、量子コンピューターを使って機械学習の計算を加速するという研究アプローチもインパクトが大きいと期待している。

藤井氏自身の研究については「世界では、まだ性能のよい大規模な量子コンピューターは実現していない。特に量子の重ね合わせ状態は周囲の雑音(ノイズ)に弱くエラーが出てしまうため、それをどういう仕組みで訂正するのか、そうしたエラー訂正機構を組み込んだ大規模な量子コンピューターをどう作るのかといった研究をしている」と紹介する。

また、量子コンピューターが実現した時に、それをどう使うのかという応用・アプリケーションの研究も行っている。例えば触媒の電子状態の性質を知るための計算に必要なアルゴリズムや、量子コンピューターをAIや金融問題に応用するためのアルゴリズムの研究などである。

藤井氏は量子ソフトウェアの開発ができる人を育成するため、アマゾン ウェブ サービス(AWS)も参画している大阪大学量子ソフトウェア研究拠点(QSRH)でも活動している。同拠点は、量子コンピューター分野における企業人材育成と、量子コンピューターの産業共創の場などになっている。量子コンピューターを実際に使って企業応用や学生教育に活かすため、AWSに参画してもらい、様々なタイプの量子コンピューターをクラウドを介して利用できるサービス(Amazon Braket)を拠点の人材育成で利用している。さらに自分たちで開発した量子コンピューターもクラウドを介して利用できる環境を構築した。

「一部の人たちしか実物の量子コンピューターを使えないのでは、開発に携わることができる人が限られてしまう。量子コンピューターの民主化のため、クラウド利用は大変重要である」と、AWSの参画を評価する。

量子コンピューター分野のアウトリーチ活動にも熱心な藤井氏は、その一環で量子コンピューターの理論に基づいたゲーム「QuantAttack(クアントアタック)」を開発して無料公開している。「量子コンピューターそのものの研究はハードルが高いと思われがちで、その障壁を緩和して多くの人たちの理解を得て支援や参入をしてもらいたいと願い、アウトリーチ活動に取り組んでいる。量子情報科学における研究の考え方はゲームに近いので、それをできるだけ分かりやすく伝えて広げるために、もともと自分が好きだったゲームを作った」と話している。(連載おわり)(了)

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