【上】ウィーンの街並み 【下】18世紀に国民の教育に力を尽くしたマリアテレジアの像
複雑で地球規模の広がりを持つ様々な問題を解決するためには、複数の専門分野と多様なセクターが一丸となって取り組む必要がある。こうした連携の必要性は、地球規模課題だけでなく、身近なサービスや事業などについても言えることだ。オーストリアは、研究開発と多様な連携を促進するための取り組みを積極的に進めており、日本の産学官連携やイノベーション政策を考える上でも非常に参考になる国だ。そこで、今回から数回にわたってオーストリアを取り上げる。
ヨーロッパの中央に位置するオーストリアには、国土面積8万3872平方㌔㍍という、ちょうど北海道くらいの面積に約870万人が住んでいる。GDPは約47兆円。世界遺産となっているウィーンやグラーツ、ザルツブルグの旧市街、アルプスでのスキーリゾートなど、観光の国というイメージが強いが、観光業の占める割合はGDPの15%とそれほど多くない。製造業などが全体28・3%を占め、その内訳を見てみると、機械工業が23・3%と最も大きく、次いで半導体の10・9%、化学工業9・3%、自動車産業9・2%、食品産業6・2%となっている。
2000年から16年までのEU加盟国の研究開発投資は平均で14%増加したが、オーストリアは約63%も増やしている。2018年の研究費総額は約123億ユーロ(見込み)。なぜ、それほど研究開発投資を増やすことができたのか。実は、ヨーロッパでも有数のイノベーティブな国であり、そのための政策が行われているからだ。
企業の研究開発投資を促進するための取り組みを積極的に進めており、例えば、法人税率は一律25%だが、各企業がオーストリア国内で研究開発投資を行った場合、その14%を現金で企業に還元する研究開発促進税制がある。また研究開発の本部をオーストリア国内に置くと追加での税制優遇もある。日本でも研究開発促進税制はあるものの、税金の支払額が小さくなるというかたちであるため、各企業はその恩恵はあまり実感できない。仮に同じだけ税金を優遇されたとしても、各企業の実感は大きく異なるだろう。このため国内企業だけでなく、外国企業が数多く進出している。
オーストリア国内にある全企業のうち3・3%が外国企業だが、労働者比率でいうと全体の20・1%を占め、研究開発関連人材の39・1%が外国企業のスタッフだ。7万1000人以上の研究者が働いており、その約70%が企業で研究開発を行い、約25%が高等教育機関で研究を行っている。三菱、武田薬品、ヤマハ、横河電機、ブリヂストン、富士通、マツダ、ニコンなど、日本企業も数多く進出している。
ヨーロッパの中でも優秀な人材を確保することができることも魅力の一つだ。
かつてオーストリア大公であったマリア・テレジアは、18世紀に義務教育システムを導入し国民の教育に注力した。こうした背景からオーストリアの憲法では「すべての国民は教育を受ける権利を有している」ことを規定しており、公立の初等中等教育から高等教育の博士課程まで授業料は無料だ。公立大学は22校、私立大学は12校ある。
大学生の意識も日本とは大きく異なる。基本的に大学に進学しようとする人は、どんな仕事に就くかを決めた上で大学を選ぶ。つまり職業への強い目的意識を持った上で学部や専攻を選択する。また物理学とソフトウェア、生物学と歴史学といった専門を2つ以上選択することが多い。そのため、4年間で学部を卒業することは非常にまれで、通常は5~6年かかる。学びたい科目が別の大学にしかない場合、例えば、ウィーン工科大学の学生がグラーツ大学の授業を選択することも可能だ。
こうした教育システムによって優秀な人材が数多く輩出されている。最近では、AIの研究開発者が世界中で求められているが、AI系シンクタンクであるエンライトAI社のクレメンス・ワズナーCEOによると「すべての大学でAIやIot関連の講座があり、各企業が必要な人材を確保することができる」という。 =第1回 了=
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