2023.01.12 連載
東北大学糖尿病代謝内科の片桐秀樹教授
医療で本当に役立つAIを作り出すためには何が必要なのか。医療現場と企業が連携しながら医療用AIの開発を進めている東北大学の事例を中心に探っていく。第1回は専門医レベルの糖尿病治療支援を可能とするAI開発を進める、東北大学糖尿病代謝内科の片桐秀樹教授の取り組みを紹介する。
■■ 非専門医にも適切なインスリン治療導く ■■
「2001年に東北大学に着任しましたが、東北地方には専門医のいない地域も多く、適切なインスリン治療が行われず、目が見えなくなるなど、合併症の進んだ状態になって東北大病院に来る患者さんが多く、非常に驚きました。どうにかしないといけないと考え、プロジェクトを立ち上げました」と話すのは、東北大学糖尿病代謝内科の片桐秀樹教授だ。
日本には糖尿病患者が約1000万人おり、さらに約1000万人が予備軍と言われている。糖尿病になると、インスリンが十分働かないため、血糖値が高くなり、血管が傷つき、動脈硬化や心筋梗塞、失明、腎不全、足の切断といった、重篤な合併症につながる。
最も多いタイプの2型糖尿病には、経口血糖降下薬も用いられるが、それでは血糖のコントロールがうまくいかない場合、1~2週間ほど入院し、血糖値を正常者に近づけるためにインスリン治療が行われる(1型糖尿病ではほとんどで行われる)。約100万人ほどがインスリン治療を受けているが、糖尿病の専門医は2%程度しかいない。また、地域によっては、専門医のいないところもある。専門医の治療を受けない場合、適切なインスリン治療が受けられないことが多く、重篤な合併症を生じる場合が多い。
片桐教授は「インスリン治療では、朝昼晩の3回、就寝前に1回注射して、インスリンを補い、健康な人と同じような血糖の変動に近づけるのが理想です。ただし、超速効型から遅効型まで様々な薬剤が出ており、患者さんの状態に応じて適切な種類、適切な容量を適切なタイミングで投与する必要があります。これには多くの経験が必要で、不適切なインスリン治療を行えば、却って状態を悪化させてしまいます。そこで専門医が行っているインスリン単位数を学習し、同じような治療を提供するAIの開発に取り組んでいます」と語る。
研究グループは、非専門医でも安全かつ効果的なインスリン治療が行えるように支援するAIの開発に取り組んでいる。具体的には、東北大学病院の入院患者データを用いて、ディープラーニングをベースにした独自のAIアルゴリズムを開発し、検証を進めている。
現在までに、入院患者809の医療データのうち、636例で学習し、123例で検証した。AIが患者医療データ(体重・血圧・血糖値・インスリン投与量など)から、朝昼晩のインスリン投与推奨量を情報提供するが、それを専門医の実際の投与量と比較したところ、MAE(平均絶対誤差)で1単位以下という高い精度の結果が出ている。
「1単位以内の差という結果は、私にとっては大きな驚きでした。糖尿病の専門医同士であっても、完全な正解があるわけではないので、同じ単位数になるとは限りません。つまりAIは専門医と同レベルの判断をしていることになります。単に血糖値を下げるというアルゴリズムを作るのではなく、糖尿病になってから何年ぐらいなのか、合併症はどんなものがあるかなど、患者さんの様々な状態や検査所見といった、専門医が見ているものと同じものをAIが判断することで、今回の高い精度結果が得られたのだと思います。また副次的な効果として、うちの病院では均一な医療ができていることがわかりました(笑)」(片桐)
今年度、レナサイエンスを代表機関として、日本医療研究開発機構(AMED)の医工イノベーション事業に採択され、実用化に向けてPMDAとの相談も進めており、2026年度には上市予定だという。
片桐教授は「非専門医でも適切なインスリン治療ができるようになれば、多くの合併症が防げるようになります。患者さんのQOLも向上し、医療経済的にも大きなメリットがあります。今後、様々な医療機関で臨床研究を行い実績を積み重ねていきたいと思います」と語った。(了)
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